アン・タブチのブログ

色々と現状を変えたいと思っているひとです

弱っている人の気持ちは、経験したことがある人にしかわからない


昔、残業が多くて忙しい会社に勤めていたことを書いた。

 

残業代がでる会社が、必ずしもホワイト企業とは限らない - アン・タブチのブログ

 

その会社はすでに退職しているが、その会社を辞めるときは大変だった。最後のほうは肉体的にも精神的にもボロボロの状況で、最後は逃げるように会社を辞めてしまった。

 

よくしてくれた人にもちゃんと挨拶できなかった。大事な仕事を途中で放り投げてしまった。後悔だったり、申し訳ない気持ちだったり、複雑な思い出だ。それは今でも忘れられない記憶となっている。

 

 なかでもよく思い出すのは、一番お世話になった先輩からの言葉だ。今でも忘れたことはない。その言葉と言うのは、「弱っている人の気持ちは、経験したことがある人にしかわからない」というものだった。

 

残業が多いその会社に勤め始めたころ、私はまだ20代前半だった。仕事も半人前で、いわゆる“社会人としての一般常識”もよくわかっていなかった。先輩はそんな自分の指導係だった。仕事のやり方から会社の常識までいろいろと教えてくれた。

 

とはいえ、その先輩自身ちょっとだらしなくて、“社会人としての一般常識”をあまり守らない先輩だったのだが。 本人も“社会人としての一般常識”をよく思っていないらしく、「一応指導係だから言うけど…」という前置きを言ってから指導する。そのせいか、それほど細かく言うわけではなかった。

 

そんな先輩がなぜ指導係だったかというと、それは“仕事が出来るから”に尽きると思う。 営業職ではなかったものの、顧客の懐に飛び込むのが上手で、顧客とフランクな付き合いが出来る人だった。それが時として仇となり、理不尽な要求を受けることもあった。

 

でも、最終的には顧客といい関係を築くことができる人だった。だから、会社としても指導係を担当させていたのだろう。 会社自体は好きではなかったけれど、この先輩のことは尊敬していて、金魚の糞のようにくっついていた。自分とはまったく違うタイプだったけれども、「いつかこうなれたらいいな。」と思える先輩だった。

 

仕事がしんどくなってきても、その先輩にアドバイスをもらったり、手伝ったりしてもらったりして乗り越えることが出来た。

 

3年目のとき、その先輩とは別の部署に異動となった。もう指導係が必要な新人ではなかったし、会社もいい独り立ちの時期だと見たのかもしれない。自分も、立派に仕事をこなして先輩に恩返ししたいなあと思っていた。

 

しかし、新しい部署での仕事は多忙でストレスの溜まるものだった。だんだん気力が奪われていき、仕事が楽しくなくなった。社風や働き方にも疑問が生じてきて、モチベーションが下がる一方だった。

 

気力が失われていくと、ミスも多くなってきてうまくいかないことが増えた。そしてさらにやる気を失っていった。 だんだん自信が失われていくと同時に、体の調子が悪くなった。

 

目が痛い・腹が痛い・体がダルい・頭が痛い・鼻水が出る。日によって悪いところは変わるけれど、常に不調だった。体が調子悪くなると、だんだん気力がなくなってくる。

 

ある朝起きたときに、「もういいや」って思った。「俺はだめ人間だ。社会人失格だ。社会不適合者なんだ。」と思うと、仕事に行きたくなくなった。その日はうそをついて、はじめて仕事をさぼった。

 

負のスパイラルに陥り、本当につらくなってきた。そのときは病院にいっていないけれど、ちゃんと診てもらっていたら「うつ」の病名はついていたかもしれない。

 

そんな状態に我慢が出来ずに、最後は逃げるように会社を辞めてしまった。よくしてくれた人にもちゃんと挨拶できなかった。大事な仕事を途中で放り投げてしまった。 -

 

退職が決まり、ボーっとした毎日を過ごしていた。もちろん、転職先を探す気力もわいてこない。昼まで寝て、ゲームをして、夜中までテレビを見て寝る生活。楽なんだけれど、ちっとも楽しくなかった。

 

そんな毎日を過ごしていると、先輩からメールが来た。「最後に飲みに行こう。」という内容だった。 先輩に合わせる顔がなくて、一度は断った。けれども、先輩は強引に誘ってきた。「もう会わないかもしれないんだぞ。お世話になったと思うなら来い!」

 

約束の居酒屋に行くと、すでに先輩が待っていた。退職までのいきさつや理由を聞かれるかと思っていたけれど、先輩は何も聞いてこなかった。「あそこの部署は空気悪いよな~」とか「うちの会社って変だよな~」なんて自分の会社の悪口を言いながら、酒をぐいぐい飲んでいた。

 

飲み放題の制限時間が迫ってきた。「なぜ先輩は自分を呼んだのだろうか。」「ただ暇だったのかな?」と考えていたら、先輩が急に真顔で話してきた。

 

「お前がいなくなるの本当にさびしいよ。体大丈夫か?」

 

それを聞いたとき、少し泣きそうになった。でも、泣くわけにはいかないから、明るく答えた。

 

「大丈夫ですよ。でも、ちょっと弱っているかもしれないです。」

 

そう言うと先輩は、

 

「お前、いい経験したな。挫折を知らないまま、年をとって管理職になると苦労することになる。なぜなら、弱っている部下の気持がわからないから。わかったような気になっていても、本当はわかっていないことが多い。弱っている人の気持は、弱ったことがある人しかわからないんだ。だから、お前がいつか管理職になったら、きっといい上司になれるよ。」

 

それを聞いたとき、やっぱり泣きそうになった。 おしぼりで汗を拭くようにしてごまかしたけれど。

 

あれからずいぶん経つけれど、自分はまだ管理職をやったことがない(笑)。だから、いい管理職になれるのかどうかはわからないけれど、あのときのアドバイスは役に立っている。

 

弱っている人にはそれなりの理由があり、立ち直るには時間が必要だ。それをそっと見守ることも大事だと思っている。 この記事を書きながら懐かしくなり、その会社のホームページを調べてみた。

 

社名は変わってしまったようだったが、会社は存続していた。儲かっているかどうかはよくわからない。社風は当事のままなのだろうか。 そして会社概要を見てみると、役員一覧に先輩の名前があった。どうやらまだ会社にいて、偉くなっているらしい。たぶん先輩は不本意なんだろうけど。

 

役員という肩書きと、当時の先輩の姿が重ならずイメージが出来ないけれど、どんな偉い人になっているのだろうか。先輩は偉くなったけど、“弱っている人の気持ちがわかる”まま役員になったのだろうか。それはわからないけど、なんとなく先輩はあまり変わっていないような気がしている。

 

 

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